高校中退でも通信制高校卒で努力家として評価され美化される

通信制高校で高卒となり努力家として評価され人を見る目も養われた

私が通信制高校に行って個人的にとても良かったと思えることは、自分に自信がついたこと、また周囲から自分を認めてもらえるようになったことです。

 

 

周囲の目が違う

高卒となった努力が評価される

高卒となった
努力が評価される

私の家庭では、父の借金問題などでを両親が離婚しました。

 

その後、家計を助けるために通信制高校の学費をアルバイト代で賄い卒業した私ですが、この経験に思わぬ副産物が出来てしまいました。

 

仕事の面接に行くと、家の事情を聞かれます。

 

そこでこの話をすると、みんな私を見る目が変わります。

 

「それは大変だったね…努力家なんだね…」

 

とにかく同情されて、それが決め手となって採用されて就職、なんてことありました。

 

高校中退で終わらず、高卒となったことが努力する人として評価されるのです。

 

不登校時代との違い

実のところ、不登校で高校中退の話は、あまり人に話さないことにしています。

 

同情されるのにも疲れちゃうし、周囲が勝手に私を美化してしまうところがあるのです。

 

現実の私は怠け者だし、とにかく不器用だと自覚しています。

 

他人と付き合うことが苦手で、それを克服したいと思い、心理学を通信制大学で学んだぐらいです。

 

そのギャップに騙されたなんて言う人も、たまにいるぐらいです。

 

でも、美化されること自体は、大いに助かっているのも事実です。

 

人を見る目が養われた

両親のトラブル、そして私が受けたイジメ、不登校に高校中退などなど、今までにいろいろな苦労を知ったせいでしょうか。

 

ある意味で、私は人を見る目が養われたと思っています。

 

苦労を経験している人と、そうでない人の区別がつくようになりました。

 

私の身の上話をすると、簡単にそれが分かります。

 

苦労した人ほど私の身の上に共感して下さり、何かと励ましの言葉を頂くことがあります。

 

仕事などもきちんとしている方が多く、尊敬できる方が多いいです。

 

逆にそれって当たり前だよねって返す人は、苦労してない人なんだなってことが分かります。

 

そういう人の大部分は、尊敬できる人って少ないです。

 

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